【令和8年9月施行】保険医療機関の「遡及指定」の取扱いルール改定を解説
1.はじめに
令和8年6月5日付で、厚生労働省より「保険医療機関等の遡及指定及び機能移転の取扱いについて」(保医発0605第2号)が発出されました。この新ルールは令和8年9月1日より原則適用となります。
クリニックの移転、個人から医療法人への法人成り(開設者変更)、あるいは事業承継を行う際、通常であれば保険指定の空白期間が生じてしまうリスクがあります。これを例外的に救済し、診療報酬の算定を途切れさせない仕組みが「遡及指定」です。今回の改定は、医療機関の経営上の予見可能性を高め、全国で統一的かつ柔軟な運用を行うことを目的としています。
2.「遡及指定」の基本と改定のポイント
新たに保険医療機関の指定を受ける場合、通常は「申請を行った翌月の1日」が指定日となります。しかし、これでは月途中の移転や開設者変更時に「保険診療ができない空白期間(自費診療になってしまう期間)」が発生してしまいます。
そこで、旧医療機関の廃止日と同日または翌日付で新医療機関が指定を受けることを例外的に認めるのが「遡及指定」です。遡及指定が認められれば、その日から保険診療(診療報酬の算定)が可能になります。
対象となる主なケース
・保険医療機関等の開設者変更を行う場合(個人から法人へ、法人から個人へなど)
・保険医療機関等の所在地変更を行う場合(移転)
・病院から診療所に、又は診療所から病院に変更する場合
3.遡及指定の新たな区分と判断基準
今回の改定では、申請手続きや要件が事案の複雑さに応じて明確に区分されました。
① 開設者死亡等の緊急やむを得ない場合(個人開設のみ)
開設者の死亡や病気等により、血族や勤務医が引き継ぐケースです。従来通り、緊急での遡及指定申請が可能であり、診療録や職員を引き継いで診療を継続することが条件となります。
② 至近距離への移転、または開設者のみの変更(一定要件を満たす場合)
以下のいずれかに該当し、かつ下記の「基本的には認める要件」を満たす場合は、事前相談不要(予定届出書の提出不要)で申請手続きが進められます。(※厚労省の資料では事前相談不要とされていますが、手続きを円滑に進め、トラブルを避けるためにも要件に該当するかどうか事前に地域の厚生局へ相談することをお勧めします。)
・ア. 至近距離への移転: 同一都道府県内における直線距離で「2km以内」の移転(開設者に変更がない場合)
・イ. 所在地移転を伴わず開設者のみ変更: 個人から血族・勤務医への変更、個人から自身が理事長となる法人への変更、法人から元理事長の個人への変更など
| 要件の項目 | 具体的な基準(抜粋) |
|---|---|
| 患者・診療録の引継ぎ | 診療録等の引継ぎを行い、旧医療機関を受診した患者の問い合わせに対応すること。現に入院・外来・在宅診療中の患者の診療を引き続き行うこと。 |
| 標榜診療科・管理者 | 旧医療機関の主な標榜診療科をすべて引き続き標榜すること。管理者が同一の医師であること(※開設者が個人であって当該開設者が管理者を兼ねている場合、例外あり)。 |
| 職員の引継ぎ | ・診療にあたっていた医師(常勤・非常勤)の概ね8割以上が引き続き雇用されること。 ・常勤医師のうち概ね5割以上が引き続き雇用されること。 (※所在地移転を伴わない開設者変更の場合は、原則として開設者を除く全職員の継続雇用が必要) |
③ その他の複雑な場合(直線距離2km超、移転と開設者変更の同時実施など)
上記②に該当しない事例(直線距離で2kmを超える移転、移転と開設者変更を同時に行う、病院から診療所への変更など)は、原則として遡及希望日の「3か月前」までに地方厚生(支)局へ予定届出書を提出し、事前相談を行う必要があります。
【重要】
ここでも大前提として、上記②と同様の「患者・診療録の引継ぎ」や「標榜診療科の継続」といった基本的な要件を満たしていることが求められます。その上で、以下の基準に基づき総合的に判断されます。
| 要件の項目 | 具体的な基準(抜粋) |
|---|---|
| 職員の引継ぎ | 診療にあたっていた常勤医師の概ね5割以上、または常勤・非常勤医師のうち「常勤医師数」と「非常勤医師の常勤換算医師数」の和の概ね5割以上に相当する医師が引き続き雇用され、診療にあたること。 |
| 移転する距離が近いこと | 【無床診療所の場合】「同一市区町村内」または「同一都道府県内の直線距離で6km以内」のいずれか。 【病院・有床診療所の場合】「同一二次医療圏内」または「同一都道府県内の直線距離で12km以内」のいずれか。 |
| 地域医療構想調整会議等における議論 | 【病院・有床診療所の場合のみ】 必要に応じて、地域医療構想調整会議等における当該事例に係る議論を経て、医療法上の変更が行われていること。 |
4.施設基準の引き継ぎに関するルール
遡及指定が認められた場合、施設基準の取扱いは以下の3パターンに分かれます。特に、新機関で「新たに」施設基準を届出する場合は、自動的に遡及されるわけではないため、届出の期日に厳重な注意が必要です。
1. 旧医療機関(移転元)で既に受理されていた施設基準
新医療機関(移転先)においても実績以外の要件を満たしており、地方厚生(支)局が定める期日までに届出を行えば、遡及指定日から途切れることなく引き続き算定可能です。
2. 新医療機関で「新たに」届出する施設基準(届出に実績が不要なもの)
旧機関では届出しておらず、新機関で新規に届出を行う場合、自動的な遡及適用はされません。遡及指定日の属する月から算定を開始したい場合は、通常の新規届出と同様に、地方厚生(支)局が定める期日までに届出を行い、要件審査を終える必要があります。期日を過ぎた場合は、算定開始が翌月以降にずれ込みます。
3. 新医療機関で「新たに」届出する施設基準(届出に実績が必要なもの)
旧機関における実績を「新機関での届出実績」として引き継いで取り扱うことが例外的に認められます。ただし、算定開始のタイミングについてのルールは上記「2」と全く同じです。引き継いだ実績をもとに、地方厚生(支)局が定める期日までに新規の届出を行い、要件審査を終えなければ、遡及指定日の属する月からの算定はできません。
5.まとめ:クリニック経営・承継への影響
今回の改定により、「どのようなケースなら遡及指定が認められるか」「どの程度職員を引き継けば良いか」「移転可能な距離はどのくらいか」といった線引きが明確化されました。
特に「職員の引継ぎ割合(8割、5割)」や「移転距離(2km、6km)」といった具体的な数値基準が明示されたことで、事業承継や移転を計画する際の予見可能性が大きく向上しました。一方で、複雑なケース(2km超の移転など)では「3か月前までの事前相談」がルール化されたため、これまで以上に余裕を持ったスケジュール管理と、管轄の地方厚生(支)局への早期の相談が不可欠となります。
令和8年9月以降に法人成りやクリニックの移転、事業承継を予定されている医療機関におかれましては、本ルールを念頭に置き、専門家と連携しながら計画的に手続きを進めていくことをお勧めいたします。今回の記事は、厚生労働省「保険医療機関等の遡及指定及び機能移転の取扱いについて」(保医発0605第2号)をもとに作成をしましたが、個別の事案により必要な要件が変わる可能性もあります。管轄の地方厚生(支)局に事前相談を行った上で手続きを進めて頂くようお願いいたします。
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